ただの災害である
 盗賊に襲撃され住んでいた村を失った少年柳風(リウ・フォン)は偶然居合わせ盗賊たちを殲滅した妖怪たちに拾われた。
         リーダー格であろう狐の妖怪を筆頭に猿、水怪、猪と中々に肉食っぽい奴らである。
         リウは少々身の危険を感じたが狐がリウを拾ったので食べることはしないらしく、死なないように鍛えろということになって猿が師匠となった。
         力をつけることには賛成であったのでリウは素直に受け入れる。
         猿の師匠はとても短絡的(バカという)であったが武術の才は秀でていた。
         どこかに向かっているのか聞いたことがあるが、特にアテもなく放浪しているらしい。
         もともと猿たちは3匹で行動していたそうなのだがそこに狐がやってきて捕まったという。
         コキ使われてしまうが何かしら見返りはあるので渋々といった様子で付き合っている。
         リウのことも渋々面倒を見ているのだがそれも自立するまでなので寿命が長い妖怪たちにとってそれは一瞬のようなもの。
    
    「なるほど、自分で身を立てられればお前らとすぐに別れられるのか」
    
     リウは俄然やる気が出た。リウとて人間である、原始的な生活は嫌である。狐の尻尾布団ではなく普通の布団で寝たい。
         こうやってリウは武術のほかに家事の能力も上がってしまうのだがそれはそれとして。
         狐の旅に連れられて色々不可思議な目に合うことの多さといったら。
         それがあるからこそリウも仙人の一歩手前まで辿り着けたのかもしれないが。
        
      ◇◇◇◇
        
「あら?嫌だわここ」
        「ババア?」
        
         リウは立ち止まる狐に振り返って見上げる。
         狐の姿はいつものおっぱいと生足を強調した金髪美女ではなく金の髪をまとめ上げた美男子の姿になっていた。狐の耳と尻尾も無い。
         
       「坊や、今から私は人間のフリをするのでババアではなく九輪偽先生と呼べ。男だしな」
         
        ニッコリ笑みを浮かべながら言う。
         リウは視線だけ動かして周りを見る。
        
        「師匠たちは?」
        「弾かれた。私は少しだけ人間が混じってるのでお前と一緒にここに入れてしまった」
        「ここ…」
        
         何かしらの聖域に入ってしまったのだろうかとリウは思う。
         妖怪を受け入れぬ場所だ。
         狐の気配に焦りなどは感じられない、普段通り平坦だ。
        
        「このまま引き返してもいいが、奥まで見てみよう。美味しいものがあれば食べたいし」
        「ワタシは引き返したいよ…」
        
         狐に手を引かれるのでリウは諦めるしかなかった。
         山中を歩いていたが周りの雑木林が気づけば手入れが入った道を守るように桃の木が並んでいる。
         しばらく行くと村があった。
         穏やかな雰囲気だ、小さな畑を作ってるらしく農作業している者たちが数人いて、そのうち一人がこちらに気づいてどこかへ走っていく。
         様子を伺っていると走り去っていた者が戻ってきてその後ろに老人がいた。
         狐は少し困ったように眉を顰めながら笑みを浮かべ、挨拶の礼を取る。
        
        「親戚の子を送り届ける旅の途中で道に迷いここに辿り着きました。
         幼き子を休ませるため少しの時間でかまいません、滞在する許可をいただきたい。」
       「この場へ迷い込まれるとは心細かったでしょう。
         もう陽も陰ってきています、どうぞ空き家をお使いください」
        「ありがとうございます」
        
         にっこり微笑む狐がうさんくさいと思うリウだが黙ってクタクタに疲れた幼子の演技をする。
         幼子と言われるがちょっと栄養が足りずに発育不全なだけである。
         そのうちデカくなるのだ、とリウは思う。(実際デカくなるのだが)
         使われていない家は以外にも手入れがされていて埃ひとつなかった。
         家具もないが、まぁ屋根と床があるだけマシだろう。
         疲れているフリは続けないといけないのでリウはごろりと床に倒れる。
         しかし妙にこの村は居心地よく感じてしまう。
        
        「眠ってしまいそうになるだろう?坊や。寝てしまってもかまわないぞ、起きた時には終わってるだろうな」
        
         狐は目を細めて袖で口元を隠しながらコンコン笑う。
        
        「いったいなんだこの村は」
        
         リウは眠ってしまうのも嫌に思い身を起こし胡坐をかく。
        
        「仙人の村だ。邪気を払う桃の木に守られた桃源郷よ。村人たちは導引術と辟穀を行っているかな?
         薬草を食って生きてるんだろう、美味いモンが食えたらいいなと思っていたが残念だ。
         陰の気を断って陽の気をこの村に満たしているんだ、気分が良くなろうとも」
        「じゃあここで暮らせば仙人になれるのか」
        「なりたければここに住め」
        「……さっき何か終わると言ってただろ」
        
         リウは狐を睨む。
        
        「アハッアハハハッ!」
        
         邪悪な笑い声を上げる。これでも控えてる方でいつもの甲高い声ではなく引きつった低い声だ。
         狐は人を見下してる時よくこのような笑顔をする。
         なのでリウは狐のことが好きにはなれなかった。親切な顔をしながら心の裏では見下しているのだから。
        
        「陰陽は切り分けできないんだ、確かに陽の気ばかりの場所で生活していれば長生きできる。
         長生きできるだけだ、そんなの仙人じゃないね。邪仙未満かもしれん。仙丹まで練れてねぇからな
         俺はズルをするやつは嫌いだ。」
        
         どの口がいうのだとリウは思うが、狐は狐で仙狐だというし、修行はしてきたのだろう。
         ようは自分が修行をしてきたのに楽をしていて気に食わないということだ。
         村の者たちも災難だろう、静かに暮らしていたのにこんな狐に見つかってしまったばかりに村の存続の危機だ。
         リウは村を助けようという気は起きなかった。狐に待ったをかけても狐はやるのだ、その力がある。
         自分には止める力がない。情に訴えるのもだめだ、相手は妖怪だから情なんかない。
        
        「不服そうだが坊や、教えておくがこんなに陽の気だけを集めて陰の気を取り除いていたとしても二つは切り離せないのだといっただろ?
         どこかでしわ寄せが来るのだ。陰の気は村の外で澱み怪物にでもなってるだろうよ
         それはどうすると思う?村には入れぬから周りを荒らすのだ。ここは安全だがその外の人間は死ぬぞ。
         こう考えるとこの村も悪かろう?アハハッ俺は正しい道へ整えてやるのだ」
        「ワタシは目を瞑る、見なかったことにする」
        「そうか、賢い坊や」
        
         クスクス笑う狐に背を向けて再び横になるとリウはすぅっと眠りについてしまった。
        
          ◇◇◇◇
        
 ゾっとする寒気にリウは目を覚ました。
         真っ暗だ。そして自分は狐に背負われているのに気づく。
        
        「起きたか、不快感があるだろうが我慢してくれ、陰の気の澱みだよ」
        「ウッキャアーッ!!!」
        
         猿が如意棒をぶん回して黒い靄に一撃叩きこんだ。
         靄は空気を震わせながら切り裂かれるように散っていく。
        
        「これで最後か?塊は散らせたぜ姐さん」
        「どれだけ溜めこんでたのか、最悪だったザンス」
        
         猿と水怪が息をつく。別れてからずっとここで散らしていたのだとリウは気づいた。
        
        「猪ちゃん、あの桃の木見える?ぶち壊してくれない?」
        「おう!」
        
         駆け出し体当たりで木を砕く。
        
        「これで元に戻るでしょう、陰陽はバランスなのよねぇ」
        
         女の姿に戻って狐はニッコリ。
        
        「村の人たちはどうなる?」
        「寿命で死ぬんじゃない?ちゃんと正当な修行してれば死ななかったのにね。楽をするってのは命をかけないところでするもんよ」
        
         リウを降ろした狐は澱みに歩み寄っていく。
        
        「ババア?」
        「美味しいもの食べれなかったからね、ちょっとぐらい足しにしないと」
        
         沼のようになってまだ残る澱みの残滓に踏み入れて何か拾い上げてそれを飲み込む。
        
        「ババア何食ってるの?」
        「なんだっけ?」
        
         リウと猿は水怪を見る。猪はうとうとしているので。
        
        「陰の気の塊の欠片ザンしょ?美味しくないけど味は死霊食べた時と似たような感じザンス」
        「わかんない…というか死霊って食べれるのか…」
        「魂と同じザンス。生気がないから味がうっすいけど」
        「やっぱ肉だよなー。姐さん常に飢えてるけど肉食えばいいのに」
        
         猿は気楽にいうが肉というのは人肉のことで、リウは遠い目をする。なんでこんな人食い妖怪たちに囲まれているのか解らない。
        
        「よし、そろそろズラかるか。」
        「姐さん、どうせ村のやつら死ぬんだったら食べちゃえば?」
        「やーよ、ほそっこい男なんて。好みじゃないのよ!猪ちゃんぐらいじゃないと!」
        「ヒェ…」
        
         気迫に負ける猿。
         狐はリウを抱き上げる。
        
        「夜道を走るのは危ないからね、私の豊満なおっぱいを枕にして寝ればいいのよ」
        「偽りの乳なのに…」
        「本物っぽいやろがいっ!」
        
         狐はリウの頭をホールドする。
         そしてそのまま山の中を走りだすのでリウは息苦しさで寝ることなんてできなかった。